鳴滝山「熊野神社」

2003年4月1日 尾道市鳴滝山山頂付近

鳴滝山城址
元享年中(1321−1323年)に宮地次政が築城、広義、広俊、恒躬と4代にわたって受け継がれた。100年後の応永30(1423)年に美ノ郷に大平山城を築く。木頃経兼の奇襲にあい、恒躬は久山田の守武谷で戦死、夫人の鈴御前(木ノ庄木梨杉原氏の娘)も栗原門田まで逃れたが殺され、その子明光は幸い落ちのび、因島の村上氏を頼って城の奪回を図るが成らず、三原市の仏通寺で暮らした。しばらく後、宮地一族は鳴滝山に舞い戻って住みついた。

熊野神社
応永9(1402)年鳴滝山城の守り神として鎮座したと伝えられ、熊野三神社のほか、伊邪那美命が祀られている。また、僧覚峰が筑紫から紀州大峰山に神命をおび赴く途中、この沖合で船が動かなくなり、神のお告げをうけ、山上に勧請したといわれている。
隣には西光寺旧蹟がある。鳴滝山2代目城主宮地広義が嘉暦3(1328)年、建立した寺は頂上にあって当時は72坊を数えた。鉢が峯、弥次池を行場とした山伏たちが法螺貝の音を響かせたと思われ、応永30(1423)年、鳴滝城の奇襲の際に寺は焼け落ちた。

鳴滝山から見た尾道水道(真ん中は向島)


熊野神社の鳥居


熊野神社のお宮前


熊野神社


熊野神社と隣接する西光寺

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